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名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)1838号 判決

原告 横井秀夫

右訴訟代理人弁護士 渡辺明治

右訴訟復代理人弁護士 鋤柄一三

原告 渡辺明治

被告 株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役 村本周三

被告 村田晃一

右被告両名訴訟代理人弁護士 鈴木匡

同 大場民男

同 山本一道

同 鈴木順二

同 伊藤好之

主文

一、原告らの請求を各棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、請求の趣旨

1. 被告らは各自

(一)  原告横井秀夫に対し 金二〇〇、五四〇円

(二)  原告渡辺明治に対し 金一〇〇、〇〇〇円

及び右金員に対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

3. 仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 当事者

(一)  原告渡辺明治は名古屋弁護士会所属の弁護士であり、原告横井秀夫は名古屋地方裁判所昭和五三年(手ワ)第三〇一号約束手形金請求事件につき、原告渡辺に依頼し同事件の被告訴外河村誠に対し金一一〇万円の約束手形金の給付命令の勝訴判決を得た。

(二)  被告銀行は名古屋市北区東大曽根町本通二丁目六二〇番地に大曽根支店を開設し、前記河村誠と銀行取引を有し、同人から右約束手形金一一〇万円を異議申立提供金として預り保管していたもので、被告村田晃一は被告銀行の従業員で同支店長である。

2. 不法行為

(一)  原告渡辺は原告横井の委任を受け、代理人として前記手形事件勝訴判決に基き強制執行のため名古屋地方裁判所昭和五三年(ル)第五一二号(ヲ)第六三二号債権差押、転付命令事件を担当し、昭和五三年七月一二日被告に対し第三債務者として右事件の決定が送達されたので、前記異議申立提供金解除の手続をしたうえ、被告銀行大曽根支店に赴き、支払請求書(甲第一号証)、名古屋弁護士会発行の原告渡辺の登録印鑑証明書(甲第二号証)、原告横井の委任状(甲第三号証)、送達通知書(第四号証)、約束手形(第五号証)を提出して転付命令に基く債権金一一〇万円(以下本件転付債権という)の支払請求をした。しかし、被告村田は右書類の他に転付債権者である原告横井の印鑑証明書の提出を求めた。

(二)  これに対し原告渡辺は同席した原告横井に委任の事実を説明させるとともに、原告渡辺において、原告横井の印鑑証明書を添付する根拠を明らかにするよう要求したが明確にしなかったので、更に原告渡辺において、委任状への印鑑証明書の添付は要式行為でないから必要でないこと、弁護士が受任事務につき委任関係の有無、権限の範囲につき職務上責任を負う旨説明し、又手形債権に基く請求であって現に所持している約束手形を被告銀行に交付するので権利者であることが推定されるうえ、原告横井の右手形取立銀行である岐阜相互銀行大須支店へ振込入金するよう説明し、支払に応ずるように説得したが、被告村田は原告横井の印鑑証明書の提出を求める態度を変えず、支払いをしなかった。

(三)  しかし、被告村田は東海財務局の指示により前日の態度を変え、同月一九日本件転付債権の支払をすることとなり、原告渡辺に対し被告銀行大曽根支店振出の「銀行渡り」の記載のある額面一一〇万円の小切手一通を受領するよう交付した。原告渡辺は通貨で支払うよう要求したが、被告村田がこれに応じなかったため結局右小切手は同月二一日まで現金化されず、三日間支払が延期された。

(四)  委任は要式行為ではないから、原告横井の委任状には同原告の印鑑証明書の添付を必要としない。原告渡辺は弁護士であり、委任者との間の委任の有無、権限の範囲につき職業上責任を負うと解するのが相当である。

印鑑証明書の添付を求める被告銀行の手続規則は内部的な基準であって第三者を拘束しないから、被告村田が原告横井の印鑑証明書を要求する合理的根拠がなく、そのために支払を拒否したことは違法である。

又被告銀行は通貨で支払うべきであるのに、原告渡辺の承諾もないのに線引小切手を交付したことは、結果的には支払を遅延させたことになるので、それによる損害として法定利息を支払うべきである。

(五)  原告渡辺は本件転付債権の支払が確実であると判断し、委任者である原告横井にその旨伝えて昭和五三年七月一八日被告銀行大曽根支店に同人を同行して右支払を受領することを期待していたのに、実現しなかったのは被告村田の不当な支払拒否のためであり、弁護士としての威信を著しく害された。又原告横井は右支払金を自己の取引銀行の決済資金に当てる予定がはずれ、取引銀行の信用を失ない、回復し難い損害を受けた。

3. 損害額

(一)  原告横井関係 合計金二〇万五四〇円

(1) 昭和五三年七月一九日原告渡辺に本件訴訟を委任し、その費用として金一〇万円を支払った。

(2) 被告村田の不当な支払拒否による取引銀行の信用失墜による損害は金一〇万円が相当である。

(3) 不当な支払拒否と自己宛線引小切手による支払のための三日間の法定金利(年六分)相当分の損害金は金五四〇円となる。

(二)  原告渡辺関係 金一〇万円

原告渡辺が弁護士としての威信を害されたこと等による慰籍料は金一〇万円が相当である。

4. よって、原告らは被告村田に対し不法行為者として、被告銀行に対しその使用者として請求の趣旨のとおりの裁判を求める。

二、請求の趣旨に対する認否

1. 請求原因1の事実は認める。

2.(一) 同2の(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実のうち「被告村田に原告横井の印鑑証明書を添付する根拠を明らかにするよう要求したが、明確にしなかった」との点を否認し、その余の事実は認める。

(三) 同(三)のうち同月一九日被告村田が原告渡辺に対し本件転付債権の支払として被告銀行大曽根支店振出の「銀行渡り」の記載のある額面一一〇万円の小切手一通を交付したことは認めるが、その余の事実を否認する。

(四) 同(四)の事実は否認する。

(五) 同(五)の事実は否認する。

3. 請求原因3の事実は否認する。

4. 主張

(一) 転付債権者の印鑑証明書の徴求について

(1) 被告銀行は異議申立提供金の返還請求権に差押及び転付命令を受けた場合の支払手続について、内部的な事務手続規則により請求原因2の(一)記載の原告渡辺の提出した支払請求書等の書類のほか転付債権者である原告横井の印鑑証明書の提出を求める取扱いをしている。これは通常全く面識のない転付債権者について本人の確認、後日の紛争防止のための資料として提出を求めている。

(2) もっとも、本人確認の手段としては右に限られるものではないので、これに代わり得るものであれば、慎重な判断のもとに提出を求めない場合もある。

(3) 転付債権者の代理人が弁護士であるからといって、銀行が独自の本人確認手段をとることを否定されるわけではないし、銀行の本人確認義務が一般的に免除されるわけでもない。

(4) 本件の場合において、原告渡辺が被告銀行大曽根支店に来店した前日の七月一七日被告銀行係員が原告渡辺に対し転付債権者の印鑑証明書等必要書類を告げたところ、原告渡辺は転付債権者の印鑑証明書は何故必要か、それは持って行かないと予じめ答えていた。

(二) 小切手による支払について

(1) 被告銀行の内部的な事務手続では転付債権者に対しては線引小切手により支払をする取扱いをしているが、被告銀行のような信用ある銀行の支払小切手は支払の確実性が高いから現金による支払と同視してよい。

しかし、現金による支払の要求があれば、これに応ずる取扱いをしている。

(2) 本件について、原告渡辺は小切手による支払の受領を当初は拒ったものの「まあいいだろう、置いてゆけ」と結局小切手を受領した。

(3) 仮りに、小切手による受領を了承していなかったとしても小切手を受領した以上その現金化までの法定利息を請求できる根拠はない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1の事実、同2の(一)の事実、同(二)のうち「被告村田に原告横井の印鑑証明書を添付する根拠を明らかにするよう要求したが、明確にしなかった」との点を除くその余の事実並びに昭和五三年七月一九日被告村田が原告渡辺に対し本件転付債権の支払として被告銀行大曽根支店振出の「銀行渡り」の記載のある額面一一〇万円の小切手一通を交付した事実はいずれも当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によると右当事者間に争いのない事実のほか次の事実が認められ、そして原告両名の各本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信できない。

(一)  昭和五三年七月一五日原告渡辺から被告銀行大曽根支店に電話で本件転付債権の支払を求めたい旨の申出があった。そこで、被告銀行においては本件のような異議申立提供金に対する転付命令に基き支払をなす場合について、事務手続規則に必要書類が定められていたので、これに従い、同月一七日被告銀行従業員から原告渡辺に電話で右支払手続の必要書類として、原告渡辺が同月一八日被告銀行に持参した支払請求書等(甲第一ないし第五号証)の書類のほか転付債権者である原告横井の印鑑証明書が必要である旨連絡したところ、原告渡辺は「原告横井の印鑑証明書は持って行かない。支払えないなら書面で回答して欲しい」旨答え、そして、原告渡辺は原告横井に対し同原告の印鑑証明書の準備を指示しなかった。

(二)  次いで、同月一八日午後二時五〇分頃原告両名は本件転付債権の支払を求めるため被告銀行大曽根支店を訪れ、前記支払請求書等(甲第一ないし第五号証)を持参したものの、原告横井の印鑑証明書を持参しなかったので、被告村田らにおいてその提出を求めたところ、原告渡辺は「原告横井の印鑑証明書は必要ない。弁護士として一切自分が責任を持つ。信用できないなら原告横井の取引銀行の口座振込の方法で支払って貰いたい。支払わないなら書面で回答して欲しい」等述べた。

(三)  そこで、被告村田らはその際原告渡辺の持参した原告横井の委任状(甲第三号証)と約束手形(甲第五号証)の裏書欄の原告横井の印影が同一であることがわかったので、印鑑証明書の提出がなくても他の本人確認の方法があればよいと思い、被告横井に運転免許証又は身分証明書の提示を求めたが、いずれも所持していないとのことであり、又原告横井から受取った名刺によりそれに記載されていた「株式会社横井運送店」の名前を密かに電話帳で調べたが発見できなかったために、原告横井が印鑑証明書を提出できない特別の理由でもあるのかとの疑念を抱き、以上の程度ではまだ印鑑証明書の提出を不必要とする程本人確認の資料は十分ではないと判断し、本件転付債権の支払に応じなかった。そして、更に被告村田が被告銀行本店に電話で右事情を説明し指示を仰いでいる間、同日午後四時一〇分頃原告両名は被告銀行従業員の制止も聞かず被告銀行大曽根支店を退去した。

(四)  右退去後、被告村田らは前記約束手形の振出人河村誠に照会したところ、原告横井の特徴が一致し、又改めて電話帳を調べたところ、「ヨコイ運送店株式会社」として記載があり、住所も一致していることが判明し、更に翌一九日午前中名古屋地方裁判所において前記約束手形訴訟事件記録により原告横井の訴訟委任状を閲覧し、これと被告銀行に持参された前記委任状(甲第三号証)の原告横井の署名等が同一であることが判明したため、被告村田は原告横井の印鑑証明書の提出がないまま本件転付債権を支払うことに決めた。

(五)  そして、その旨原告渡辺に知らせ、その希望により同日午後零時三〇分頃被告村田らが原告渡辺の事務所に赴き、被告銀行の事務手続規則に従い、持参した前記線引小切手を交付しようとしたところ、原告渡辺は当初「通貨で支払うことになっている。小切手は通貨ではない」といって受領しようとしなかったが、「まあいいだろう。置いてゆけ」といって受領し、その旨の領収証を作成交付した。

二、以上に認定の事実関係を中心にして被告銀行が昭和五三年七月一八日に本件転付債権の支払をしなかったこと及び同月一九日にその支払を小切手でなしたことが違法であるかについて検討する。

1. 法律上、委任が要式行為ではなく、委任状に委任者の印鑑証明書の添付を必要とされていないことは原告らの主張のとおりであり、又原告らが七月一八日に被告銀行に持参した本件転付債権支払のための必要書類(甲第一ないし第五号証)によっても、殊に成立に争いのない甲第四号証(送達通知書)によると、原告渡辺が原告横井の代理人として本件転付命令の手続をなしていることが認められるので、その手続に関連して同様代理人として本件転付債権の支払を求めていると推測され得るから正当な本件転付債権者の代理人による支払請求であると一応窺い得るということができる。しかし、理屈上はその転付命令の手続について本人確認の方法はとられていないし、又その手続後代理権の消滅している場合もないわけではない。そして、他方転付債権者のように銀行にとって通常面識がなく一回的である者に対し、銀行が万一誤って多額の金銭を支払ってしまえば、その回復は殆んど不可能であるばかりでなく、その支払について過失があれば責任を生ずるのであるから(民法四七八条、四七九条)、日常大量的に金銭支払事務を処理し、又社会的にもその確実性、信用性を期待せられている銀行が本件のような転付債権の支払についてより確実且つ簡便な資料を求めようとすることも又理解できるところである。

前記認定の必要書類(甲第一ないし第五号証)はもとより有価証券ではないから、それらを所持するからといって当然に権利者として権利の行使ができるわけではなく、むしろ、本来は自己が真実の権利者であること即ち右必要書類を所持しているほか自己がこれら書類上の権利者であることを第三債務者に対し明らかにすることが必要であると考えられるのである。

従って、問題は委任に要式行為として委任者の印鑑証明書が必要であるかという形式的な点だけにあるのではなく、転付債権者及びその第三債務者である銀行の権利の行使及び義務の履行に際し、右必要書類の所持者が真実の権利者であるかの本人確認の方法について信義則上相手方にどの程度の協力を求め得るか、又これにどの程度の協力をすべきであるかの点にあると解せられ、印鑑証明書の提出もこれとの関係において本人確認の一つの方法として理解されなければならない。

そこで、以下この観点に立って検討してゆくこととする。

2. 印鑑証明書はその提出を求めることによって本人確認方法となし得るだけでなく、後日の紛争の場合に備えてこれを残しておくことができるという点で有用な資料として利用されていることは公知の事実である。そして、印鑑証明書は市町村役場がその交付事務を行ない、少額の手数料の納付により簡易な手続で交付されていること及び多数の人がそれに備えて印鑑登録をしていることも又公知の事実であるから、印鑑証明書の提出を求めることはそれほどの義務を課するものということはできない。

ところで、原告横井本人尋問の結果によると、原告横井は七月一八日被告銀行に赴いたとき始めて同原告の印鑑証明書が必要であることを知らされたが、印鑑証明書を出したくないという考えはなく、事前にわかっていれば交付を受けてくることができたことが認められる。しかし、前記認定のように原告渡辺は被告銀行から原告横井の印鑑証明書が必要であることを知らされておりながら、これを不要とする独自の見解に基き敢えてこれを原告横井に知らせていなかったのである。

3. 印鑑証明書が本人確認の方法として有用であるといっても、他にもこれに匹敵する方法もあり得るから、その場合にはそのような方法を取ることが相当であるところ、前記認定のように被告銀行は原告横井に運転免許証等の提示を求めたが、同原告がこれを所持せず、又名刺の肩書を電話帳と照合したが、発見できないなどその時点では他に本人確認の的確な資料を得られなかった。原告渡辺は前記のとおり七月一八日午後二時五〇分頃被告銀行の閉店間近に訪れ(銀行の閉店が平日は午後三時であることは公知の事実であろう)、又同日午後四時一〇分頃被告銀行の制止もきかず退去したのでそれ以上の本人確認方法を進めることができなかったし、いささか協力的態度に欠けるところがあったものというべきであろう。そして、被告銀行は同日から翌日にかけて、独自に調査を進め、本人確認が十分にできたものとして本件転付債権の支払をなすことを決めたことは前記認定のとおりである。

4. 前記認定事実中、原告渡辺が七月一八日に本件転付債権の支払を求めた際、「委任関係の有無等につき、弁護士として一切自分が責任を持つ」旨述べた点(この点は原告らの主張でもある)についてみるに、なるほど弁護士は公的資格に基き公的性格の業務に従事する者であるけれども、公証機関ではなく、その点では結局一私人に過ぎないし、その言うところの責任の内容が不明確であるから、原告渡辺の右のような言動があったからといって、被告銀行がこれを本人確認方法の上で考慮しなかったとしてもやむを得ないことと考えられる。

5. 本人確認の方法として印鑑証明書が必要とされる手続についてみると、

(一)  公正証書作成につき嘱託人が公証人と面識のない場合(公証人法二八条、三一条)、不動産登記手続について所有権の登記名義人が登記義務者として登記を申請するとき等の場合(不動産登記法施行細則四二条、四二条の二)、供託物の払渡を請求する場合(供託規則二六条二項)等が法定されており、更に右手続が代理人によってなされる場合においても本人の印鑑証明書の提出が免除されていないのである。

(二)  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七号証の一ないし七の各一、二によると、転付債権の支払の場合他の有力な市中銀行等においても被告銀行と同様代理人によると否とを問わず本人の印鑑証明書の提出を求める取扱いをしていることが認められる。

従って、印鑑証明書を求める方法は一人被告銀行だけが行なっていることではなく、広く他の銀行でも行われている取扱である。しかし、もとよりこのような取扱は銀行内部の事務処理の規準であって、第三者を当然に拘束するものではなく、前述のように、これも本人確認の一つの方法であるにすぎないから、印鑑証明書の交付を求めることが困難な事情がある場合にもその提出を求め、又は他の確認方法をとることをせず、形式的に印鑑証明書の提出を求めるとすれば違法となり得ると解せられる。

(三)  その他一般に金融機関又は金融業者による金銭消費貸借及びその保証について印鑑証明書の提出を求められる場合が多いことは公知の事実である。

かように、重要な権利義務に関する手続、金銭の交付を伴う手続について本人確認の手段として印鑑証明書の提出をすることは法定されている場合とそうでない場合とがあるが、一般的に相当広く行われているということができ、そして、転付債権の支払を求める場合は前記供託物の払渡を請求する場合とほぼ同一とみてよいと考えられる。

6. 以上に検討したように、印鑑証明書は本人確認の方法として最も有力な方法であり、且つその交付を受けることが簡便であってそれ程の負担を強いるものでないところから、印鑑証明書の提出を求めることが相当多く行われているということができ、そして、本件のような転付債権の支払をする場合に万一誤って金銭を交付したときは回復不能となると考えられるから、印鑑証明書の提出を求める取扱をすることを一概に不当とすることはできないというべきである。そして、被告村田は七月一八日に原告らから原告渡辺の印鑑証明書の提出を得られなかったため、他の方法により本人確認の方法をとろうとしたが、原告らが被告銀行を退去するまでの状況ではこれを十分でないと判断したことは是認でき、他方これに対し、原告らは被告村田に対する協力的態度に欠けていたものといわざるを得ない。

よって、被告村田が昭和五三年七月一七日本件転付債権の支払をしなかったことは止むを得ないことというべきであり、これをもって不法行為を構成するということはとうていできないから、この点に関する原告両名の主張は理由がないといわなければならない。

7. 次に、昭和五三年七月一九日被告村田が本件転付債権について小切手により支払をなしたことが違法であるからその現金化された時までの利息の支払を求めるとの主張についてみるに、前記乙第二号証、証人秋山靖二郎の証言及び被告村田晃一本人尋問の結果によると、右小切手による支払は被告銀行の事務手続規則に従ってなしたもので、その趣旨は右支払が本人に対し確実になされ、又後日のための資料を残すことにあること、しかし、被告村田としては右小切手の受領が拒否されれば通貨で支払うつもりでいたことが認められるのであって、殊更故意に小切手で支払をしようとしたものではなく、又通貨での支払を受け得る状況にあったのであり、そして、前記認定のように原告渡辺において当初通貨による支払を求めたものの結局小切手を受領したのであるから、その受領を了承したものと解することができるのでその後右小切手が現金化されるまでの間の利息を請求する根拠はないものというべきである。従って、右主張は理由がない。

8. その他、原告両名の名誉、信用が害されたことを認めるに足りる証拠はない。

三、よって、原告両名の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林輝)

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